昔ナチュラルガットは「シープ」。どうして今は「ナチュラルガット」と呼ぶ?

「シープガット」はテニス道具の最高峰としての憧れ。
その名のとおり「羊の腸」が原料だったから。

40年もテニスをやってらっしゃる大ベテランの方にとって、憧れのストリングが「シープ」でした。つまり「羊」ですね。
それに「動物の腸」という意味の「ガット」が付いて「シープガット」と呼ばれたのですが、ご存知のとおり、今は「ナチュラルガット」と呼ばれています。
どうして呼び名が変わったのでしょう?

動物の腸は、古くからいろんなことに使われてきました。有名なのが「弦楽器の弦」です。バイオリン、ビオラやチェロ、ギター(ガットギターと呼びますが、今はナイロン弦を使います)、もっとも太いのはハープの弦です(現代では1台に金属・ガット・ナイロンの3種が太さ別に使われます)。

昔も羊の腸の弦は高価だったのですが、それでも使われたのはなぜでしょう?
そもそも楽器自体が高価で贅沢な代物ですから、弦が高いと言ったって、知れたものです。今でこそ、楽器はポピュラーなものになっているものの、高価な楽器は、腰が抜けるほどの値が付けられているじゃないですか。
昔の「糸」は、ほとんどが植物由来であり、強く引っ張ったり、激しく擦ったりするのには不向きでした。ところが動物由来の腸繊維で作った弦は、丈夫で伸縮性に富み、テンションを維持する期間が非常に長いため、恰好の素材だったわけです。
しかも、ガット弦は音色が柔らかく、味わいあるものだったと聞きます。

テニス用ナチュラルガットの製造工程は、別稿で紹介しましたが、楽器用ガットも、基本的には同様です。羊の腸を細くリボン状に裂いて、脂肪を抜き、さらに裂いてそれを撚り合わせて、長期間乾燥させます。それが細くても丈夫であり、抗張力保持期間(性能寿命)の長い楽器弦を生み出したのです。

また腸繊維の丈夫さは、手術用の縫合糸(カットグット=catgut*1)にも活用されました。一説にはローマ時代に動物の腸を加工した縫合糸が使われたという資料があるともいいます。細くても抗張力が均一で丈夫であることから、第二次世界大戦の頃まで使用されていたというからビックリです。
他には、洋弓の弦にも使われたりしたことから、テニスラケットに張る糸として流用*2されるようになったわけです。

羊の腸から牛の腸へ……
それは「数」と「量」の問題だった

40年くらい前までは、本当のシープガットはあったんですが、いつしか羊の腸ではなく「牛の腸」が材料に選ばれる*3ようになります。いったいどうしてでしょうか?

まず、絶対数が圧倒的に牛のほうが多いということです。家畜としての羊は、羊毛・羊乳などが活用されますが、食用肉としては中国やオーストラリアでは非常に大きな消費量となっても、世界的には圧倒的に牛のほうが多いというのが現状です。
牛は牛乳・牛皮・牛肉を大量に生産することができるうえ、農耕に利用する動力源としても活用されたためと、採取できる肉の量が多いため、世界各地で育牛が行なわれており、新鮮な腸を加工利用するに際して、羊よりもはるかに利便性が高くなりました。
それが「数の問題」です。

数が多くなれば、当然、量も多くなるのですが、それだけではありません。羊の腸と、牛の腸では、1頭あたりの「量」がまるで違うのです。
まず「長さ」ですが、平均的に羊の腸の長さは「31m」で、牛の腸の長さは「50m」です。体調比で見ると、どちらも同じくらいなのですが、絶対量で見れば、牛は羊の1.6倍も腸が長いのです。
草食動物である羊や牛は、養分量の少ない草を食べるため、その養分を取り残さぬよう、長〜い腸で吸収するしかないのです。
それに対して人の腸の長さは、わずか「7m」。どれだけ牛の腸が長いか、想像できますか?

これが「量の問題」ですが、じつはそれだけではありません。
牛の腸は、羊の腸より長いだけでなく……「太い」のです。
これはきわめて大きなメリットです。ナチュラルガットの原料になる腸ですが、そのすべてを使えるわけではないのです。腸管には「脂肪の多い側」と「脂肪が少ない側」があり、原料に使えるのは「少ない側」だけ。ですから、たとえ大量にある牛の腸でも、素材として貴重なのです。
もしも同じ量を羊の腸から採取したなら、現在のナチュラルガットの価格の2倍くらいになってしまうのではないでしょうか。どんなに性能的に素晴らしくても、さすがに高価すぎて使えませんよね。

ですから、「羊の腸だと思っていたら、なーんだ……牛のかよ!」なんて言ってはいけません。今日のナチュラルガットを使えるのは、ひとえに牛さんのおかげなのです。

カットグット=catgut*1

バボラのナチュラルガットには、1本1本、すべてに製造番号が記されており、それを見れば、そのガットが「いつ」作られたものであり、「どの牧場から仕入れた原料」かを知ることができる。バボラ工場では、パッケージングする前に厳重な検品をするが、万が一にも世界中のどこかで不良が見つかったとしても、製造番号によって原因究明して対応することができる

テニスラケットに張る糸として流用*2

ナチュラルガットの製造メーカーには、楽器の弦などを作っていたのが、テニス用ガットを作るようになったところが多数あったが、【バボラ】は、1875年の創業当時から、「テニスのためのナチュラルガット」を作ってきた純正テニスメーカーと言える。

羊の腸ではなく「牛の腸」が材料に選ばれる*3

一般的に羊の腸からイメージされるのは、ソーセージの皮ではなかろうか。
チューブ状になる羊の腸の特徴を利用して、それに挽いて味付けをした肉を詰めたものがソーセージだが、じつは羊の腸を使うのは「ウィンナー・ソーセージ」のみである。
使われる腸が「豚の腸」であれば、それはちょっと太くてお馴染みの「フランクフルト・ソーセージ」となる。
我々は単に「太さが違うだけ」と思っているが、太さの違いは「使う腸の太さ」に由来するものなのである。
もちろん牛の腸を使ったソーセージもあり、またもグッと太くなって、「ボローニャ・ソーセージ」呼ばれるものになる。
4cmくらいから、かなり太いものまであるが、つまりは「牛の腸は太い」ということである。

このソーセージの太さについては、日本農林規格(JAS)にも規定されている。

ウィンナー・ソーセージ
「羊の腸ないし、20mm未満の太さのケーシングに詰めたもの」
フランクフルト・ソーセージ
「豚の腸ないし、20〜30mmの太さのケーシングに詰めたもの」
ボロニアソーセージ:
「牛の腸ないし、36mm以上の太さのケーシングに詰めたもの」

味の違いとか、どんな肉を詰めるかという内容物の違いでないのである。
この規定からもわかるように、牛の腸は、羊の腸の2倍近い直径を持ち、ナチュラルガットの原材料としては6倍の素材を確保できるわけである。そのおかげでバボラ社は、40年前とさほど変わらぬ価格でナチュラルガットを提供することができるのだ。牛さんとバボラ社に感謝!

babolat

Text by 松尾高司(KAI project)

まつお・たかし◎1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー