【PROPULSE】を知れば、どうして【JET MACH II】が生まれたかが……わかる!

あなたが好きだったバボラ【プロパルス】はどれですか? 【PROPULSE】を知れば、どうして【JET MACH II】が生まれたかが……わかる!

高性能モデルの開発は、つねにギリギリの選択を迫られる世界
あらゆる性能が、高いレベルで調和し合って機能しなければならない

Team All Court II最初に申し上げておきますが、このページは「あくまでコラム」で、バボラからの公式メッセージではありません。
ですからその内容は、基本的に筆者の私見によるものであり、感情や憶測も入り込んでいますので、そのつもりでお読みいただくようお願いします。
そこでさっそく「憶測」バージョンのコラムとして、バボラシューズにスポットを当ててお話ししましょう。

伝統あるストリングメーカーだったバボラが、
総合テニスブランドを目指すまでに至るヒストリー。
それは【ピュアドライブ】のシンデレラデビューから始まった

1994

1875年にテニス用ストリング専門メーカーとして、フランスのリヨンに誕生したバボラ社は、当時から現在に至るまで、ナチュラルガットの製造を行なってきたストリングメーカーです。
世界の数多くのトッププロがバボラのナチュラルガットを愛用し、いまやシンセティックストリングにおいてもトップブランドであり続けています。
……がしかし、1994年にバボラ社は「すべてのテニスエキップメントをバボラで揃えられるように」を目指し、まずテニスラケットの製造販売に乗り出します。

当初はフランス国内でしか販売されていなかったマイナーブランドでしたが、年々、スペインを始めとするヨーロッパやアメリカに市場を拡大していきました。
そんなバボラが世界的に衝撃を与えたのが、1998年フレンチオープンにおけるカルロス・モヤの優勝でした。
グランドスラムで優勝するようなプレーヤーはみな、有名ラケットブランドと使用契約を結んでいましたから、「んっ? あれってどこのラケット?」と、こそこそ話されるようなことがありませんでしたが、モヤが勝ち上がるごとに、彼が手にしていたラケットについて「あれ……知ってる?」と話題になっていきます。

1997ついに優勝が決まった瞬間、モヤが高々と突き上げた左手にあったバボラ【ピュアドライブ】の2代目モデルは、全仏優勝者の使用モデルとして、高い信頼を得ることになり、瞬く間に世界じゅうから輸入販売契約を結びたいというオファーが寄せられます。

1999年末に日本、2000年にはアメリカにも正式上陸したバボララケットは、ものすごい勢いで広まり、どこのテニスコートヘ行っても「2本線の青いやつ」を見ないことはなく、ときには2面並んでいたコートでダブルスをしている8人のうち7人が【ピュアドライブ】を使っていたのを見たときには、ぶったまげました。
その後のバボラの勢いもものすごく、2004年にデビューした【アエロプロドライブ】は、【ピュアドライブ】に並んでバボラのフラッグシップモデルとなるまでに成長しました。

そして5代目社長であるエリック・バボラ氏は、「バボラを総合テニスブランドに!」の夢を実現すべく、2003年(?)にテニスシューズの製造販売に踏み切ります。

バボラシューズ初代モデル【チーム・オール・コート】から【プロパルス】へ。
「テニスコートのバトルブーツ」の異名を取った超安定型モデル

Team All Court II

バボラ社はシューズ部門への進出にあたり、シューズ専門開発スタッフの雇用、製造ラインの確保など、周到な準備を重ね、2003(?)年にヨーロッパでの販売を開始します。
そのときにバボラ社が打ち出したのが【Team All Court】で、日本に正式に登場した2005年には、2代目モデル【Team All Court II】となっていました。
バボラが目指したのは徹底したハードスペックモデルで、アウトソール素材に、タイヤメーカーのミシュラン製ラバーを採用し、高いグリップ&耐久性能を搭載させたのです。

PROPULSEそしてそれから2年後の2007年、バボラシューズの最上位機種として公開されたのが、銀色に輝くニューモデル【PROPULSE】でした。
もっとも、バボラシューズにとって銀色アッパーは初めてのことではなく、前作【Team All Court II】のスペシャルバージョンとして【Silver Edition】がありましたが、新作【PROPULSE】は、ミッドソールをアッパーで覆い隠す「インナーミッドソール」というスタイルを採用しつつ、足の横流れをブロックする樹脂パーツをバボラダブルラインで表現するという凝りようだったのです。

PROPULSE IIその進化はまだ続きます。通常のモデルチェンジサイクルの2年を待たずして、後継モデル【PROPULSE II】が発売され、バボラバトルブーツのイメージがさらに濃くなるのです。
際立ったのは、踵から中足部をラッピングするような樹脂パーツと直結したフィッティングベルト。たしかに前作にもありましたが、より強烈なホールド性能を生むべく大きなベルトとなり、さらに踵側にもミニベルトを加えて、アキレス腱を両側から挟むようにホールドし、さらに足との一体感を生んだのです。
これは筆者が、個人的にいちばん好きなモデルでした。

さて、その後のバボラシューズは、どんどんハードスペックになっていきます。
【PROPULSE 3】【PROPULSE 4】はRPUアッパーで足をまるごと包み込むような印象で、いかにもどっしりした安定感が、プロレベルの激しいフットワークにも耐えうる頑健なモデルでした。

軽量+安定のオールインワン型となった【プロパルス】だったが、
超軽量モデル【ジェットマッハ】の登場が、「超安定スタイル」を蘇らせた

ジェットマッハところが2015年、【PROPULSE】は大きな方向転換を図ります。
それまでの「重厚」「安定」路線から、十分な安定性を維持しながらも、軽量化に踏み切り、前作よりも「-45g(27.0cm)」ものシェイプアップを果たすのです。
正直言って、そこには従来の【PROPULSE】のイメージはなく、むしろ軽量スピード系の雰囲気を強くしたのです。
とはいうものの、27.0cmで395gというウェイトは、けっして軽量モデルのそれではなく、安定系+スピード系のオールラウンドスタイルだったように感じます。
JET以前のどっしり安定感の【PROPULSE】を愛用していたプレーヤーからは、路線変更を惜しむ声が漏れ伝わってきましたが、バボラは【PROPULSE】がふたたび「らしさ」を取り戻すことができるような環境を整えたのです。
それが、新世代超軽量モデル【JET】(後に【JET MACH I】に改称)の登場です。
さらに昨年、その改良型モデルとして【JET MACH II】が追加発売されました。
JET MACH IIこれによって、安定系モデルと超軽量スピード系モデルの両スタイルがバボラシューズに並び立つこととなり、超軽量型は【JET MACH】に委ねることによって、【PROPULSE】は高い信頼感を得ていた超安定型に専心することができ、前作の軽量さを保ちながらも、より安心感のあるスタイルを纏った【PROPULSE FURY】となったのです。
このシューズの詳しいストーリーは、またの機会にするとして、最後に「ネーミング」の話をすることにしましょう。

【プロパルス】はじつはある言葉を変化させた造語。
その意味を知れば、並ぶ機種が【ジェット】となった理由がわかる!

プロパルス フューリー

みなさんは【プロパルス=PROPULSE】という機種名がイメージさせるものが何かをご存知ですか?
いかにも快適な語感を持っていますが、じつは英語には「PROPULSE」という単語はなく、「Propulsion」から作られた造語なのです。

その意味は「推進力」。【PROPULSE】はデビューから数機種にわたり、前足の踏み付け部に反発&推進システム「EXACT=イグザクト」という機能を内蔵していました。また「PEBAX=ペバックス」という軽量+高弾力性素材を、現在もなお搭載しています。こうした「推進力」をイメージさせるニックネームとして【PROPULSE】と命名されたのです。
そこでみなさん、英和辞書の「propulsion」の項目を見ていただきたいのですが、用例として挙げられているのが「propulsion system」=推進システムだったり、「propulsion device」=推進装置だったり……

そしてありました! 「jet propulsion」=ジェット推進!
そうなんです、【PROPULSE】の推進力をはるかに凌ぐ、電光石火の速さを表わす言葉って『ジェット』しかないじゃないですか。プロペラを回すレシプロエンジンによる推進システムが、ジェット推進によるエンジンを得たことで、航空機の世界は音速(秒速340.29m、時速1228km)を超える領域に達します。だから【MACH】(英語ではマックと発音し、マッハと発音するのはドイツ語だが、日本ではマッハのほうが圧倒的に通りがいいため、日本語モデル名は【ジェットマッハ】)なのです。なんとも合理的で、わかりやすいネーミングであるということです。安定の【PROPULSE】シリーズ、高速の【JET MACH】シリーズが、バボラシューズが提案する2つの大黒柱。
さぁ、あなたは、どちらを選びますか?

babolat

Text by 松尾高司(KAI project)

まつお・たかし◎1960年生まれ。『テニスジャーナル』で26年間、主にテニス道具の記事を担当。試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー